その造型は魂にも似て

物語

「冗談だろ?」

 男は首を捻った。

「いやまさか、いくら何でも」

 いかにも気難しそうな審査官は、目の前の書類に記された数値を信じられないといった面持ちで見つめている。

「君、手を抜いてるわけじゃあないよね?」
「……勿論です」

 俺は苛立ちを隠すことなく答えた。
 当たり前のことを訊くなよ。望んで受けた認定試験で手を抜く馬鹿がどこにいる。

「そうなると本当に、たった『これだけ』か。なあ、有り得るのか? どうなんだ、こんな低い数値、見たことがないぞ」

 隣に呼びつけた若い係員に囁いている。しかし俺には丸聞こえ。内緒話なら十分に声を潜めて欲しいもんだ。

「そうか、これまで測定された事は――……」

 しかめっ面でぶつぶつ言い合う審査官共の顔を見ながら、俺は。
 ――またなのか。
 床の模様を眺めながら、小さく絶望を吐き出した。
 これまでの学修や訓練で感づいてはいた。俺が持つ幻料(ファテ)は、ひどく少ない。だけど、まさかな。あまりの少なさに審査官が狼狽える程だとは思わなかった。
 ……やっと抜け出せると思ったのに。
 育ちも悪けりゃ容姿も並み以下。おまけに親は長年の牢獄暮らし。薄汚いガキと罵られながら、それでも掴んだ一縷の望み。それが創作家(クリエイター)だった。
 ままならねえなあ。
 ようやく胸を張って立てるようになると思ったのに。あいつとも対等になれると思ったのに。
 憧れていた舞台に立ってなお、惨めな想いをする羽目になるってのか。試練は成功への案内人? 誰が言ったか知らないが、成功とやらへの道は随分と複雑に入り組んでいるらしい。

「あー、うん、君」

 審査官が咳払い。俺の意識を自分へと向けさせた。

「測定結果に間違いがないとすれば、君の幻料容量(キャパシティ)は32だ」

 途端、どよめきが起こった。試験係員、監督役の創作家、他の受験者。その場にいた全員が俺に驚きと好奇を突き刺してくる。

「これは平均の約6分の1という数値だ」

 改めて言われるまでもない。昨日受けた筆記試験にも出ていた。常人の平均は180強。

「ちなみに、これは創作家認定試験が始まって以来、最低の数字らしい」

 そうかい。俺は史上最低の出来損ないってわけだ。くそったれ、余計な一言を。

「どうするね、君」

 審査官が唸った。

「続けるかね? 試験を」

 ――まだ創作家になろうと思えるのかね?

 ぐ、と強く拳を握り締めた。
 気づけば、周囲のどよめきは全てが失笑に変わっている。
 あーそうだろうとも。笑いたくもなるだろうさ。どんな形であれ前例がないってのは凄いことだ。
 鬱陶しい。その場にいる誰もが俺に哀れみを差し向けて――いや、一人だけ。
 ちらりと横を盗み見る。そこには俺の次に測定を受けるべく控えている少女が、じっと俺の顔を見ていた。リーフィ。共に創作家になる為に首都へと出てきた俺の幼馴染。

「……この世の終わりみたいな顔すんなっての」

 小さく呟いた後で、思い切り息を吸った。どこまでも、どこまでも。限界まで肺に取り込んで――。
 ゆっくりと、全てを吐き出した。

「お願いします」

 一言一句、はっきりと言った。

「資格がなくなったわけじゃないんでしょう?」

 曖昧な肯定を聞き流しながら、心に決める。
 才能がないのは理解した。なら自分の無能と戦うまでだ。簡単に手放せるものか。こいつは俺にとって、泥の中から這い上がる為の縄なんだ。
 それに――創作家にならないと届かない願いだって、ある。
 だから。

「続けます。なりますよ、創作家に」


 そして、一年後――。

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